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【判例その他】ある懲戒事例をめぐって

(約10,200字)

 

月刊『自由と正義』*1巻末に、ある懲戒事例が載りました。弁護士としては引っ掛からざるを得ない事例です。
自分の思考の整理のために、少し記事を書いてみたいと思います。

 

『処分の理由の要旨』として書かれている内容は、以下のとおりです。

被懲戒者は、Aから委任を受けたBとの離婚訴訟において、AがBの自動車にGPS装置を取り付ける方法によって、6か月近くにわたり、夫婦関係破綻により別居していたBの行動を監視していたこと等を認識しながら、2019年1月31日頃、上記GPS装置の位置情報の履歴を、証拠として提出した。
被懲戒者の上記行為は、弁護士職務基本規程第14条に違反し、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

 

処分の内容は、戒告でした。

 

 

1.まず真正面から建前論を考えてみる。*2

⑴ 規程の条文との関係について

まず、処分理由要旨の第二文に着目したい。後段の、規程56条1項違反=品位を失うべき非行云々は、どの懲戒事例についても付いてくるフレーズだからさしあたり無視していい。対して、前段にある規程14条違反というのは、多少、注目に値する。

弁護士職務基本規程14条
:弁護士は、詐欺的取引、暴力その他の違法若しくは不正な行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない。

さて、この事例、もっか、某SNSの法曹関係者界隈でもいろんな意見が出ているところ、議論の的を一言で言うなら
「これで懲戒って、どうなの?」
というものであり、その是非を語る上で着目されている要素は、大きく、
①当該行為はどれくらい悪質だと言えるのか(悪質なら、懲戒やむなし)
②当該証拠を提出することが、訴訟戦術上、どれくらい意味があったのか(無意味に近いものをわざわざ提出したなら、懲戒やむなし)
の2つである。
しかし、規程14条との関係に限って言えば、少なくとも素直に考える限り、上記②の観点は持ち出しづらいのではないだろうか。だって文言からすれば、「不正な行為を…利用し」たと言えるかどうかだけが問題で、その行為の訴訟戦術上の有用性いかんは関係ないもん。

 

ただ他方、上記議論の関心は、要するに、
「この事例で懲戒になることを前提として、今後自分たちは、何に気をつけて、どう業務遂行していくべきなのか」
の一点に尽きる。そして、規程14条違反が付いて来ようが来まいが56条1項に引っかかるなら、結局、懲戒になることに変わりはない。
また、(これは後にも触れるが、)そもそも懲戒されるかどうかの判断の中立公平性に多少の疑義がある現状を踏まえると、懲戒委員会が懲戒の根拠をどこに求めたかについても、機関雑誌の記載ぶりをどこまで真面目に受け止めるべきかは程度問題ということになる。
とすると、のっけから雑なことを言ってしまうことにはなるが、議論に当たって、根拠に14条が挙げられていることにこだわって上記②の観点を潔癖に捨象してしまうのは、あんまり生産的ではない。

まぁ、「そういう問題も確かにあるな」、くらいの認識で軽く頭に入れておく、という程度で良いのかな、と思う。

 

⑵ 考慮要素相互の関係について

そういうわけで、改めて議論の土俵を設定しておく。緩く、(この事例における弁護士の行為が)「品位を失うべき非行に該当するかどうか」、又はさらにシンプルに「懲戒相当かどうか」という設定の仕方をしておくことにする。その方が、我々の行為規範として、むしろ汎用性が高くなると考えられるから。
そして、そうした場合、当該判断は、上記①(行為の悪質性)と上記②(行為の有用性)の双方の観点から相関的になされる、とひとまず考えることができる。つまりは、
・悪質性が多少高くても、その訴訟戦術上の有効性が高ければ、弁護士はあくまで依頼者のために働く存在である以上、懲戒相当とまでは言えない、という判断もあり得るし、
・他方、訴訟戦術上の有効性が低いなら、悪質性が多少低かろうが、弁護士たるもの李下に冠を正すべからず、懲戒相当である、という判断も一応、あり得なくはない、
…ということになるのかな、と思う。*3

 

もっとも、両者の観点が完全に別個独立ではないところが少しだけややこしい。すなわち、民事においても違法収集排除があり得る、という話。
雑駁に言えば、悪質性の高い方法で収集された証拠は、証拠能力を否定される、つまり、訴訟において証拠として使えない。
したがって、悪質性も程度が過ぎると(上記①の観点)、有効性も否定される(上記②の観点)、ということになる。

 

⑶ 整理その1

整理するとこうなる。

ⅰ まず、悪質性が高くて証拠排除される程度に及んでいる場合は、訴訟戦術上も有効性を欠く。よって、懲戒されたとしてもやむを得ない。多分、ここは異論がない。
ⅱ 他方、悪質性がやや高いが証拠排除までは行かないかな、という場合や
ⅲ 悪質性が低い場合は、どうすべきかにつき議論があり得る。

 

…しかし、ⅲについては、懲戒すべきではないと思う。あくまで私見だけれども、少なくとも、いわゆる街弁界隈においては、これもあんまり異論はないのではなかろうか。
弁護士倫理は大切だとしても、そもそも証拠価値の評価についても絶対的な指標があるわけではない中、会が証拠価値まで踏み込んで事後的神様目線で判断すること自体、僕はものすごく抵抗がある。
それに、事件処理上の価値を決めるのは訴訟戦術上の有効性が全てでもない。依頼者からすれば、負け筋であればあるほど、徹底的に戦って初めて納得できる(そうでなければ納得できない)、ということもある。負け筋である以上、どんな証拠を出そうが訴訟戦術上は無意味だとも言えるわけで、その場合に手足を縛られ過ぎると、弁護士としては到底、依頼人の納得を得られない。
無論、そのあたりも含めて細かな事情を酌んだ判断をすればいいじゃないか、という考えもあり得る。ただ、仮に会にそのような判断ができるのだとしても、その結果として懲戒相当とされた場合、細かな事情は90%が省略され、要旨と結果だけが機関雑誌に載る。その場合の弁護士全体への萎縮効果は無視すべきではないのではないか。

 

以上の理由から、僕としては、上記ⅲの類型については、相当に例外的な場合、例えば、弁護士がいれば十人中九人が無意味な場外乱闘と評価するような事案で、依頼者が強く望んだわけでもないのに、弁護士が暴走したようなケースを除いて、懲戒すべきではないと思う。

 

⑷ 悪質性が相当程度の場合について

対して、ⅱ(悪質性がそれなりに高い場合)は、人によって考え方が分かれ得るような気がする。なので自分も、少し丁寧に考えたい。
で、ここまでは「悪質性」という表現を敢えてボヤッと使ってきたが、厳密に言うと、
ア 当該証拠獲得のために当事者が行った行為が「悪質だ」、という場合
イ「不正の手段を弁護士が積極的に主導した」という意味において、当事者ではなく弁護士の行為が「悪質だ」という場合
2つに分けて考えることができるし、分けて考える必要がある。審議に当たる会に対しても、ここは厳密に区別して判断することを求めたい。


ところで、一応、
「訴訟上証拠排除されないようなケースなら、そもそも(一律)懲戒不相当とすべきではないか。両者の基準を分離してしまうと、かえってややこしいではないか。」
という議論があり得る。懲戒委員会には外部委員として裁判官も入ることを考慮すると、確かに、両方の基準は揃ってないとおかしんじゃないの、とも思える。
しかし、証拠排除するかどうかの判断は証拠を収集した訴訟当事者の行動に着目して*4なされるのに対して、懲戒すべきかどうかの判断は純粋に弁護士の行動だけを見て判断されるわけなので、ここは基準は別に考えるべきだろうと思う。
要するに、弁護士に、その職務の公共的側面に照らし、高めの注意義務が課されるのはやむを得ない。
したがって、弁護士が積極的に主導して不正の手段で証拠収集した、というケース(上記イの場合)については、懲戒はやむを得ないと思う。

では、その場合に、当該証拠の証拠価値が高かった(と考えられた)ことをもって、例外的に当該弁護士が救済され得るか?
個人的には、それは難しいのではなかろうか、と思う。
そもそも、証拠収集手段の悪質性の程度がそれなりに高いことを前提とする限り、規程56条1項以前に、14条の「不正な行為を…利用し」たとの要件が充足される可能性が高い。そして、56条1項は規程における一般条項みたいなものであるから、14条違反に該当するとなれば、それは同時に、56条1項違反も構成することになると考えられる。
そうすると、証拠価値との相関性という観点を問題とする余地というか、必然性じたいが消失する。


他方、弁護士主導ではなく当事者主導のケース(上記アの場合)では、証拠価値の高低も考慮に入れて然るべきだと思う。
証拠価値が高いものを当事者が使いたいと希望している場合に、代理人弁護士がそれを止めるのは相当に困難だし、それでも止めるべきだとすれば、よほど悪質性が高いがために依頼人が刑事責任を問われる可能性があり、証拠提出することがかえって依頼人の不利益となるようなケースに限られると思う。そしてそれは、もはや証拠排除(前記ⅰ)のレベルに至っていると言っていい。

ちょっと違う角度から言うと、より着目すべきなのは、弁護士が当事者の行為・希望を抑えられる可能性がどれだけあったかだと思う。証拠価値の高低は、その考慮要素の一つ*5という位置づけになるのではなかろうか。ほかに例えば、証拠価値が低くても依頼人当事者が「どうしても」と強く希望するのであれば、代理人弁護士としては証拠提出せざるを得ないこともあり得る。その場合にも懲戒というのは、さすがに酷ではなかろうか。

 

⑸ 整理その2

以上、場合をやや細かく分けて検討してきたが、無論、これらの差異は量的なものである。例えば違法収集証拠として証拠排除されるかどうかも截然とした基準があるわけではないから、前記ⅰとⅱは本来、連続的なものではある。
これを踏まえつつまとめてみると、一応、次のようになる。

a 証拠収集過程の違法性/悪質性が高くて証拠排除される蓋然性が認められるようなケースであれば、依頼人当事者にとって訴訟上無益などころか、かえって不利益が生ずることになり得る。よって、懲戒相当と判断されてもやむを得ない。
b 違法性/悪質性の程度がaにまで至っていなくても相当程度は認められる場合で、(bー1)当該行為を弁護士が積極的に主導したようなケースでは、やはり懲戒相当となる。対して、(bー2)弁護士による積極的主導が認められないケースでは、諸事情を総合考慮し、当該証拠を提出することを弁護士が抑止できる現実的可能性がどの程度あったかを判断すべきである。
c 違法性/悪質性の程度が相対的に低い場合、よほどの特別事情が認められない限り、懲戒不相当とすべきである。

 

⑹ 本件への当てはめ

では、本事案についてはどうか。
理由の要旨第一文を再掲すると、次のとおりでした。

被懲戒者は、Aから委任を受けたBとの離婚訴訟において、AがBの自動車にGPS装置を取り付ける方法によって、6か月近くにわたり、夫婦関係破綻により別居していたBの行動を監視していたこと等を認識しながら、2019年1月31日頃、上記GPS装置の位置情報の履歴を、証拠として提出した。

・6か月もの長期にわたるGPS監視ですから、プライバシー侵害の程度も高いです。違法性/悪質性が低いとは言えないでしょう(cの類型ではない)。
・他方、素朴に考えれば、6か月間もの監視の結果として得られた証拠であれば価値は高いようにも思えます。ただ、逆に、それだけ長期間の行動を示さないと推認力が生じない程度のあやふやな証拠だった、ということも考え得ます。そもそも何を証明するための証拠だったかも不明である以上、証拠価値の高低は何とも言いようがありません。また、当事者の強い意向があったかどうかも分かりません。(b-2の類型に当たるかどうかは、不明)。
・「Aが…監視していたこと等を認識しながら」、という箇所の書きぶりは、ひとつのポイントです。この表現からすれば、弁護士が積極的に主導したケースではないことが読み取れます(bー1の類型ではない)。
・もう一つ、「夫婦関係破綻により別居していた」B、というところも、実はポイントです。このようなBの車にGPSを取り付けるには、素朴に考えて、住居侵入罪を犯す必要があります。他方、仮に「住居」以外の場所で取り付けたのだとしても、GPS装置を取り付けて行動を監視する行為自体、ストーカー規制法に引っかかる可能性はそれなりにあります。*6そのような刑事罰該当行為により得られた証拠は証拠排除される蓋然性がありますから、aの類型に当たる可能性もあります。ただし、はっきりしたことまでは分かりません。

 

⑺ 小括

結論として、

「処分は妥当だった可能性もあるが、いかんせん事情が不明すぎて何とも言えない」

と言わざるを得ないです。

機関雑誌における公告で理由の要旨を明らかにすべきとされている(対して、官報による公告では理由の要旨は明らかにしなくてよい)のは、機関雑誌を目にする弁護士個々人に対して爾後の行為規範を定める材料を提供するとともに、江湖の批判を仰ぎ処分の客観的公正性を担保するためであるはず。
そのためには、処分のポイントとなった事情について、もう少し詳しい摘示が必要なのではないかなあ、と思う次第。

 

ここまで、正面から考えてみました。
実際、弁護士は、依頼者の方の自力救済的な行為に待ったをかけないといけない場合が多いです。でも、我々が飛び込む先は人同士の全人格賭けたデスマッチなのであって、空疎な理想論で依頼者を掣肘するわけにはいかない。バランスは常に必要だし、それは宙空から勝手に湧いてくるわけではない。
なので、自分なりにではあるけれど、詰めて考えてみました。自分自身のために。また、この記事を読んでくださった方にとって少しでも参考になれば、もちろん、とても嬉しいです。

…のだけれど。

 

 

2.汚い話。

懲戒委員会の沙汰は、果たして本当に、法律家的な論理に則り、公正に行われているのか。遺憾ながら、そこには疑義があると言わざるを得ない。
実際、自由と正義にこういうボーダー的事案が載ると必ず、
「この先生は会務をあまり熱心にしてなかったんだろうなぁ」
という趣旨の呟きが複数湧く。それも会の内幕を知っている層から。

実際、地縁的呪縛の濃い地方で、弁護士内輪の裁きが人間関係相関図を超越した形で下されているとは、正直、想像し難いものはある。
他方、東京は東京で、弁護士会自体三会に分かれている上、会内部にも堂々と派閥が存在している。どんなに厚顔でも、内ゲバと無縁だなんてとても言えないと思う。

僕自身はといえば、綱紀や懲戒の現場を直に知っているわけではない。
ただ、少なくとも、懲戒請求されたら委員会や派閥の偉い人、修習時の弁護教官を頼って万難を排せ、というアドバイスは実際に受けたことがある。
また、以前勤務していた事務所のボス弁が、依頼者から懲戒請求を受けるや右往左往し(元検察官のため、たぶん、そういう時の身の守り方を誰にも教わる機会がなかったのだろうし、会内部の人脈にも乏しかったのだと思う。)、当時の姉弁の助言に従って元弁護教官に泣きついたのも目の当たりにした。あの時のボス弁の発言の数々を思い出すと、今でも、有り体に言って胸糞が悪くなる。

言うまでもないことだけど、尊敬できる先生はいっぱいる。自分の弁護修習指導担当とか。
でも、良心的な先生の声は往々にして小さいし、ご自身の人望を謙抑的な形でしか使わない。どうしても、押しが強さを人間的魅力と勘違いしてる向きの政治力に押されてしまう。
なので、こういう微妙な事案に接すると、
「もしかして、上層部の思惑の贄にされてしまったのかな…」
と疑ってしまう自分がいる。

こういうこともあるから尚更、微妙な事案こそ理由の要旨を詳しく書いてよ、と切に願う。

 

 

自分や同期が今後、いつまでこの仕事を続けていけるかわからないが、我々が若手とは言えなくなった時、少しは、今より風通しの良い会になっているといいのだけれど。

 

 

 

 

 

メモ1:懲戒処分の公告及び公表等に関する規程について

自由と正義の各公告の頭書き部分にはいつも、
「××弁護士会がなした懲戒の処分について、同会から以下のとおり通知を受けたので、懲戒処分の公告及び公表等に関する規程第3条第1号の規定により公告する。」
と書かれています。今まで完全に読み飛ばしていたのですが、今回、一応条文を見てみました。

懲戒処分の公告及び公表等に関する規程3条(懲戒の処分等の公告)
:連合会は次の表の上欄に掲げる場合においては、それぞれ当該中欄に掲げる公告する媒体に当該下欄に掲げる事項を掲載して公告する。
[上欄:公告する場合] 1号:弁護士会から法第64条の6第2項の規定による弁護士又は弁護士法人を懲戒した旨の通知を受けたとき。
[中欄:公告する媒体] 官報
[下欄:公告する事項] イ 懲戒の処分をした弁護士会の名称
           ロ 対象弁護士にあっては、その氏名(職務上の氏名を使用している者については、職務上の氏名を併記する。以下同じ。)、登録番号及び事務所
           ハ 対象弁護士法人にあっては、その名称、届出番号並びに主たる法律事務所及び懲戒に係る法律事務所の名称及び所在場所並びにそれらの所属弁護士会の名称
           ニ 懲戒の処分の内容
           ホ 懲戒の処分が効力を生じた年月日
[中欄:公告する媒体] 機関雑誌
[下欄:公告する事項] イ 懲戒の処分をした弁護士会の名称
           ロ 対象弁護士にあっては、その氏名、登録番号及び事務所
           ハ 対象弁護士法人にあっては、その名称、届出番号並びに主たる法律事務所及び懲戒に係る法律事務所の名称及び所在場所並びにそれらの所属弁護士会の名称
           ニ 懲戒の処分の内容及び理由の要旨
           ホ 懲戒の処分が効力を生じた年月日

 

…というわけで、『理由の要旨』が載るのは自由と正義だけで、官報には乗らないんですね。
恥ずかしながら、初めて知りました。

 

メモ2:民事訴訟における証拠排除について

民事訴訟の場合、(刑事訴訟と違って、)収集方法の不正性に着目して証拠能力が制限されることは、基本的には、稀です。
リーディングケースとされる東京高等裁判所昭和52年7月15日判決は、

「その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格的侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け*7、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」

と述べました。一応有名な定式ですが、事案(酒席での発言を隣室で無断録音した。)の結論としては証拠能力を肯定したものであり、限界を見極める上でどこまで有用かにはやや疑問があります。

 

ところで、わりとどうでもいいことなんですが、「民事訴訟における違法収集証拠の問題」という言い方をする場合、よく考えると、「違法」っていう表現が相当漠然と使われてるんですよね。これも今回初めて気付きましたけど。
刑事訴訟における違法収集証拠の問題の場合、それはそのまま、「刑事訴訟法上違法な方法で収集された証拠の証拠能力の問題」ですから、違法の意味は明確です。すなわち刑事訴訟法上の違法。
それに対して民事訴訟におけるこの問題の場合、かなりざっくりと、「不当不正な手段で集められた証拠」という意味で「違法収集証拠」という言い方がされています。上記昭和52年高判にしたところで酒席での無断録音であり、刑事法規に触れるわけではないですから。

 

メモ3:ストーカー規制法について

まず罰則から行くと…

ストーカー行為等の規制等に関する法律
18条:ストーカー行為をした者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
19条
1項:禁止命令等(第5条第1項第1号に係るものに限る。以下同じ。)に違反してストーカー行為をした者は、2年以下の懲役又は200百万円以下の罰金に処する。
2項:前項に規定するもののほか、禁止命令等に違反してつきまとい等又は位置情報無承諾取得等をすることにより、ストーカー行為をした者も、同項と同様とする。

「ストーカー行為」をした者がさらにそれを反復するおそれがある場合、公安委員会は、禁止命令を出すことができることになっています(法5条1項)。
で、「ストーカー行為」は、その禁止命令がなくても犯罪として刑事罰対象にはなるのだが(18条)、禁止命令があるにもかかわらずそれに違反した、という事情が加わると、刑が加重される(19条)、という建付けになっています。

その「ストーカー行為」を定義しているのが、法2条です。まず4項から見ると…

ストーカー行為等の規制等に関する法律2条4項
:この法律において「ストーカー行為」とは、同一の者に対し、つきまとい等(…)又は位置情報無承諾取得等を反復してすることをいう。

この後段の「位置情報無承諾取得等」が本事案に関わる部分で、3項で定義されています。これ、実は、かなり最近(令和3年)の改正で入った条文です。

ストーカー行為等の規制等に関する法律2条3項
:この法律において「位置情報無承諾取得等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
1号:その承諾を得ないで、その所持する位置情報記録・送信装置(…)(…)により記録され、又は送信される当該位置情報記録・送信装置の位置に係る位置情報を政令で定める方法により取得すること。
2号:その承諾を得ないで、その所持する物に位置情報記録・送信装置を取り付けること、位置情報記録・送信装置を取り付けた物を交付することその他その移動に伴い位置情報記録・送信装置を移動し得る状態にする行為として政令で定める行為をすること。

GPSの取付けとそれによる位置情報取得行為は、ドンピシャで当てはまりますね。
ただ他方、本事案で、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」が認められるかは不明です。訴訟における証拠収集目的は、好意感情/怨恨感情を充足する目的とは違いますから。

 

 

 

*1:日弁連発行の機関雑誌。毎月発行され、会員弁護士の登録先事務所に送付されてくる。詳しくは本文リンク先をどうぞ。

*2:事例の蓄積があるわけでもない(と思う)ので、純粋に、私見を述べるだけである。事例実証的な考察はできていない。

*3:なお、仮にそうだとすると、前者のケースにおいては懲戒請求者が納得するのは簡単ではないことになる。今回の事例も含め、この種のケースにおける懲戒請求者は基本、依頼者の紛争の相手方であることが想定される。その者としては、訴訟戦術上有効だったからこそ憤懣おさまらず懲戒請求に及んだ、ということも十分あり得るわけで、それなのに「(確かに悪質だったけど)訴訟戦術上有効だったから懲戒しません」という理由付けをされたとすれば、火に油であり過ぎる。ただしこれは、率直に言って「だから何だ?」という話であって、弁護士があくまで依頼人の利益を最大化すべき存在である以上、(職務の公益性とは無関係な次元で)上記結論は必然だと言わざるを得ない。

*4:厳密には、「証拠収集したのが当事者か代理人弁護士かにかかわらず」

*5:ただし、大きな考慮要素ではある。証拠価値が高く依頼者も提出に積極的という場合に無理に思いとどまらせ、結果、訴訟も敗訴したとすると、逆に、依頼人から懲戒請求を受けかねない。その場合、証拠価値は高くないが依頼者が提出に固執した、というケースと比べ、懲戒請求が通ってしまう客観的可能性がそれなりに高い。とすると、それでも証拠提出するな、依頼人を説得せよと言われると、弁護士としては進退窮まる。

*6:厳密に言うと、2019年=平成31年の1月に証拠提出したとありますが、当時はストーカー規制法改正前ですから、行為当時の刑事法規には触れません。もっとも、当罰性のある行為であることは変わりない一方、ここでの問題の焦点は民事訴訟上証拠排除されるかどうかであり、当罰性があれば証拠排除される蓋然性も認められます。そこでは、行為当時の刑事法規に厳密に触れるかどうかは二次的な問題ですから、本文では、そこは捨象して記述しました。

*7:本文の方で「民事訴訟における違法収集証拠の問題と言う場合、「違法」が曖昧な意味で使われている」などと書きました。この判旨の言う「それ自体違法の評価を受け」のくだりの「違法」も、中身は空ですよね。証拠能力を否定するための理論的な繋ぎとして、「そういう証拠を使うこと自体が民事訴訟法上違法だ」、と言ってるに過ぎないわけで。