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【判例その他】個人的には丸部道九郎が好き

(約10,700字)

 

 

 

性犯罪方面で刑法改正がされたり経産省トイレ使用に関する最高裁判決が出たり、今年はジェンダー関係の動きが大きいなぁ…という感慨はもともとあったのですが、法令違憲の大法廷決定まで出て驚いています。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/446/092446_hanrei.pdf

 

 

 

 


…この種のトピックに関する自分の価値観の方向性、みたいなものに照らした判例の結論に対する感想、というものは(もちろん)ありますが。
法令違憲判決となると、それと同じくらい条件反射的に(いわば左脳をすっとばして)職業柄、

「ああ、勉強を継続しないと…(汗」

という焦りみたいなものを感じます。*1

 

 

 

 

 


法令違憲判決について

違憲判決*2には法令違憲判決と適用違憲判決とがあります。
前者は、法律それ自体を憲法違反であると判断するもの。
後者は、法律それ自体はOKだが、行政庁による具体的な処分は憲法違反だ、と判断するもの。
今回の決定は、日本国憲法下における12例目の法令違憲判決、ということになります。

 

1例目:昭和48年4月4日最高裁判所大法廷判決
(尊属殺重罰規定違憲判決、要旨「刑法200条は憲法14条1項に違反する」、平成7年法改正)

2例目:昭和50年4月30日最高裁判所大法廷判決
薬事法距離制限規定違憲判決、要旨「薬事法6条2項及び4項(これらを準用する同法26条2項)は憲法22条1項に違反する」、同年(昭和50年)法改正)

3例目:昭和51年4月14日最高裁判所大法廷判決
衆議院議員定数配分規定違憲判決①、要旨「公職選挙法13条、同法(昭和50年法律第63号による改正前のもの)別表第一及び附則7項ないし9項による選挙区及び議員定数の定めは、昭和47年12月10日の衆議院議員選挙当時、全体として憲法14条1項、15条1項、3項、44条但書に違反していた」、判決前年(昭和50年)定数是正)

4例目:昭和60年7月17日最高裁判所大法廷判決
衆議院議員定数配分規定違憲判決②、要旨「公職選挙法13条1項、同法別表第一、同法附則7項ないし9項の衆議院議員議員定数配分規定は、昭和58年12月18日施行の衆議院議員選挙当時、全体として憲法14条1項に違反していた」、翌年(昭和61年)定数是正)

5例目:昭和62年4月22日最高裁判所大法廷判決
(森林法共有林分割制限規定違憲判決、要旨「森林法186条本文は憲法29条2項に違反する」、同年(昭和62年)法改正)

6例目:平成14年9月11日最高裁判所大法廷判決
(郵便法免責規定違憲判決、要旨「①郵便法68条及び73条の規定のうち、書留郵便物について、郵便の業務に従事する者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に、不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分は、憲法17条に違反する、②郵便法68条及び73条の規定のうち、特別送達郵便物について、郵便の業務に従事する者の故意又は過失によって損害が生じた場合に、国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分は、憲法17条に違反する」、同年(平成14年)法改正)

7例目:平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決
(在外邦人選挙権制限規定違憲判決、要旨「①平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時、公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が、国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは、憲法15条1項、3項、43条1項及び44条ただし書に違反する、②公職選挙法附則8項の規定のうち、国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は、遅くとも、本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員通常選挙の時点においては、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反する」、立法不作為による最高裁違憲判決は初、翌年(平成18年)法改正)

8例目:平成20年6月4日最高裁判所大法廷判決
(非嫡出子国籍取得制限規定違憲判決、要旨「国籍法3条1項が、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子について、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した(準正のあった)場合に限り届出による日本国籍の取得を認めていることによって、認知されたにとどまる子と準正のあった子との間に日本国籍の取得に関する区別を生じさせていることは、遅くとも上告人らが国籍取得届を提出した平成17年当時において、憲法14条1項に違反していた」、同年(平成20年)法改正)

9例目:平成25年9月4日最高裁判所大法廷決定
(非嫡出子法定相続分規定違憲判決、要旨「民法900条4号ただし書前段の規定は、遅くとも平成13年7月当時において、憲法14条1項に違反していた」、同年(平成25年)法改正)

10例目:平成27年12月16日最高裁判所大法廷判決
(再婚禁止期間規定違憲判決、要旨「民法733条1項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分は、平成20年当時において、憲法14条1項及び24条2項に違反するに至っていた」、翌年(平成28年)法改正)

11例目:令和4年5月25日裁判所大法廷判決
(在外邦人国民審査権制限規定違憲判決、要旨「最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民(国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民)に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査に係る審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反する」、同年(令和4年)法改正)

12例目:令和5年10月25日最高裁判所大法廷決定
(性別変更要件における生殖機能喪失規定違憲判決、要旨「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号は、憲法13条に違反する」)

 

 


無論、どの判例も承知はしていますが、こういう形でまとめてみたのは実は今回が初めてです。*3
というか気が付けば10例を超えていた感じです。いつの間に、という。

 

 

 

一例目の事件に関連して、同判決に至るまでにも刑法200条(尊属殺重罰規定)の合憲性が問題になった事案はあったらしく、例えば戦後すぐの昭和25(1950)年10月11日には、同じく最高裁大法廷にて、尊属殺加重刑罰は「人倫の大本」「人類普遍の原理」であるとして合憲判決が下されたそうです(14対1)。
まぁ、隔世の感はあります。法律論の用語としてこの種のフレーズが堂々と使われていたこととか、その他諸々*4。同合憲判決が出たのが今から70年ちょっと前であるところ、昭和25年(1950年)の70年前といったら1880年ですから、考えてみればむべなるかな。今の我々にとっての判決当時は、判決当時にとっては国会開設すらまだだった時代の話、ということになるわけですから。

 

 


ちょうど逆の視点のマンガ作品なんてものもあって。*5

これ、昭和29年を舞台にした物語で、LGBTQ+がテーマです。*6全9巻。で、マンガのラストが、

「いつか、この塔も朽ち果てて新しい塔に替わられる日もくるだろう。
でもその時には、僕らのような二人が、もっと自由に生きていると信じたい―」

というものです。
つまりは、(いま昭和25年判決を眺めるのと逆に)昭和29年から現代を照射する作品。

 

 

 

さて、その現代の12例目の法令違憲判決を読んだら、太一子とテツオの思いは、少しは報われるでしょうか。
はやひと月たってしまいましたが、以下、備忘録です。

 

 

判旨の骨組み、事案の概要等、問題の制度

判決文自体は36ページに及びます。ただし、そのうち10ページ目後半以降は各裁判官の補足意見や反対意見ですから、いわば『本体』は、9ページちょっと。
その『本体』部分の骨子を表題や柱書を抜粋する形で掘り出すと、次のようになっています。

第1 事案の概要等
第2 本件規定の憲法13条適合性について
 1 本件に関連する事実等の概要は、次のとおりである。
   …
 2 以上を踏まえ、本件規定の憲法13条適合性について検討する。
   …
第3 結論

以下、まず、上記のうち「第1」(事案の概要等)と「第2の1」(本件に関連する事実等の概要)を簡単に要約します。

 


事案の概要等

まず「第1」。最高裁自身による事案の超・要約は次のとおり。

特例法3条1項の条文がこちら。

3条(性別の取扱いの変更の審判)
1項:家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
 ① 18歳以上であること。
 ② 現に婚姻をしていないこと。
 ③ 現に未成年の子がいないこと。
 ④ 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
 ⑤ その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

 

今回の抗告人の方は、1~3号には該当するものの、4号・5号には該当しません。*7つまり、手術をしていません。
そこで、これらの規定は違憲無効であり、手術を受けなくても性別変更の審判を受けられて然るべきだ、という旨主張したものです。

 

 

さて、このうち、今回の最高裁決定で問題となったのは4号のみです(この4号が、判決文中では「本件規定」と呼ばれています。)。5号については判断していません。
どうしてかというと、不服申立ての対象であるもともとの広島高裁決定が、4号についてだけ合憲だと判断して、5号については言及しなかったからです。
この点に関連するので、ちょっと先に「第3」(結論)の部分を見ておきます。

つまり、

  1. 当事者は、「4号も5号も違憲だ、だから自分は性別変更の審判を受けられる」旨主張した
  2. 広島高裁は、「4号は合憲だ、そして当事者は手術をしていないのだから4号の要件を満たしていない、よって5号の合憲性について判断するまでもなく当事者の主張は通らない」旨判示した
  3. 当事者は、その広島高裁決定に対する不服申立てとして、最高裁に特別抗告した
  4. なので、最高裁としては、不服申立ての対象である広島高裁の判断内容、つまり4号の合憲性について判断した
  5. 他方の5号に関する主張については、以上の次第のため、最高裁のみならず広島高裁も審理判断していない、そのため最高裁は、「審理が尽くされてないから更に高裁で詰めて議論しなさいね」、と言って事件を高裁に差し戻した

ということになります。

 

 

ところで、判決文36ページのボリュームのうち相当量は補足意見や反対意見に割かれている旨上述しました。すなわち、反対意見もあります。ちなみに3人。
しかしながら、この3人の反対意見は、「4号規定は合憲だ」、という趣旨のものではありません。

「4号規定のみならず5号規定も違憲なのが明らかだから、もはや差し戻しなど不要であり、破棄自判すべきである」

という趣旨のものです。

要するに、4号規定(本件規定)が違憲である、という結論については、最高裁判所判事15人全員の意見が一致しています。
重みがあります。

 

 

…既に横道に逸れているところでさらに蛇足になりますが、僕自身の備忘のため、民事訴訟法の条文を引いておきます。

336条(特別抗告)
1項:地方裁判所及び簡易裁判所の決定及び命令で不服を申し立てることができないもの並びに高等裁判所の決定及び命令に対しては、その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、最高裁判所に特に抗告をすることができる。
3項:第1項の抗告及びこれに関する訴訟手続には、その性質に反しない限り、第327条第1項の上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定並びに第334条第2項の規定を準用する。
327条(特別上告)
1項:高等裁判所が上告審としてした終局判決に対しては、その判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに限り、最高裁判所に更に上告をすることができる。
2項第一文:前項の上告及びその上告審の訴訟手続には、その性質に反しない限り、第二審又は第一審の終局判決に対する上告及びその上告審の訴訟手続に関する規定を準用する。
325条(破棄差戻し等)
1項第一文:第312条第1項又は第2項に規定する事由があるときは、上告裁判所は、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送しなければならない。
326条(破棄自判)
:次に掲げる場合には、上告裁判所は、事件について裁判をしなければならない。
 ① 確定した事実について憲法その他の法令の適用を誤ったことを理由として判決を破棄する場合において、事件がその事実に基づき裁判をするのに熟するとき。
 ② 事件が裁判所の権限に属しないことを理由として判決を破棄するとき。
312条(上告の理由)
1項:上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。

準用規定は措いといて。
差戻しするか自判するかの選択については、326条に該当するときは自判「しなければならない」し、その場合を除いては、差戻し「しなければならない」。つまり、要件裁量はあっても効果裁量はない。
で、今回の場合は、「事件がその事実に基づき裁判をするのに熟する」と言えるかどうかで判断が分かれたわけですね。

 

 

 

本件に関連する事実等の概要

次、「第2の1」(本件に関連する事実等の概要)。細目次は次のとおりです。

性同一性障害について
⑵ 特例法の制定の背景等
性同一性障害に関する医学的知見の進展
性同一性障害を有する者を取り巻く社会状況等

多少、結論の先取りになってしまいますが、この箇所で、立法(4号要件が設けられた)当時に前提とされていた事情が今日もはや妥当しなくなっていることを浮き彫りにする、という作業がされています。

 

立法当時

…つまり、

  • 特例法は、"自己の性自認に基づく、社会生活上の性"と"生物学的性別に基づく、法的な性別"が異なる方の社会的不利益を解消する等の目的のために制定されたものである
  • 治療の最終段階(性別適合手術)を経ていない場合、未だ「自己の性自認に従って社会生活を営んでいる」わけではないから、その段階において生ずる問題は、法的性別との齟齬により生じる社会的不利益以前の問題である
  • したがって、手術を受けていない場合における問題解消は、差し当たり、特例法の解決すべき問題の範疇にはない

と考えられ、それゆえに4号・5号要件が設けられた、と説明されています。*8

 

 

 

特例法制定後の医学的知見の進展や社会状況等の変化

まず、医学的知見の方。

手術を受けていないことと、性別の不一致による症状の軽重、苦しみの程度は必ずしも直結しないのだと。
むしろ、「症状」と呼ぶことすら不適切なのだと。

 

社会状況等の方。

第3段落にある諸外国のお話は、上記医学的知見と同一次元の話ですね。
第1・第2段落のわが国の話はやや方向性が違います。要はLGBTQ+の方々が広く受け入れられてきているという話です。

 

 


違憲審査部分

で、本論。「第2の2」、違憲審査の部分。

下線ひいたところ。当事者の方々の状況を最高裁が正面から言語化した点に少し感動を覚えます。

「本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせる」

「治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るもの」

権利に対する制約の認定で述べたことが、そのまま制約態様の許容性(過剰性)の当てはめに投影されている形ですね。

 


権利保障性、制約、基準定立

制約の認定のところ*9のロジック、少し特殊といえば特殊な内容になっています。
『身体への侵襲を受けない自由』とは別に、『性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けること』という『重要な法的利益』を措定した上で、後者『を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせる』(=前者の放棄を強制される)こと、つまり二者択一を迫られる点において前者に対する制約がある、という論理になっています。

 

ちょっとまどろっこしい気もしなくもないです。こうするくらいなら最初から

『身体への侵襲を受けることなく性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利』

を問題にした方がスッキリするし*10、より当事者の方の感覚にも沿うのでは、とも思います。*11

ただ、後から知ったのですが、『身体への侵襲を受けない自由』が憲法13条で保障されることについては、既に相当数の下級審裁判例の蓄積があるらしいです。代表的なのが、旧優生保護法国賠訴訟とのこと。
なので、そっちに揃えたのかな、と。まずは権利保障性をクリアすべきと考えた原告代理人の先生が揃えたのか、それとも最高裁が揃えたのか。
この点、原審(広島高等裁判所岡山支部令和2年9月30日)裁判を確認したかったのですが、裁判所の裁判例検索ページには掲載がなかったです。残念。

 

いずれにせよ、この判例は、一つには、制約の認定のロジックで特徴づけられるように思います。
まぁ正直、その後に述べられている審査基準は、いつもの最高裁節すぎて何も言っていないに等しいですし。*12

 

 

当てはめ

もう一つ個人的に思いましたのは、他方の当てはめ箇所、
「それまで認定してきた事実を、すごく綺麗な形で使ってるなぁ…」
ということ。司法試験答案のお手本みたいですらあります。

 

必要性事情の方。

社会状況等のところで認定されていた、LGBT+の方々が受け入れられてきているという話、薄らぼんやりとしか使われないかと思ったら、まさか、制約の必要性の低減という重要なポイントで活きてくるとは。

ちなみにここ、ロジックを畳み掛けていく中での最後のダメ押しっぽい書き方をしていますが、(多少意地の悪い言い方をすると)実は、最高裁自身の首尾一貫性を弥縫する上では不可欠な箇所でもあるんですよね。
最初の方に挙げられている論拠2つ:

説得力十分であり至極もっともな論拠なわけですが、これらは別に、社会状況の変化を反映したとかではなく、この問題内在的な話であり、要は、考えれば最初から分かってた事柄。
そうだとすると、これらの論拠だけで違憲性を根拠づけたら、「あんた、平成31年決定で合憲だって言ったのは何だったの?」という話になる。

なので、最高裁としてはあくまで、「いやいや、この数年の間に社会状況が変化したのも重要なポイントなんですよ」、という体を取る必要があり、そういう意味でも、上記変化の摘示は重要な意味を持っていると言えます。


他方、許容性(適合性)事情の方。

医学的知見の進展の話は、こっちで使われています。

「段階的治療という考え方の下では、(社会的混乱を最小化すべく)治療の最終段階まで至って初めて救済の対象とする、という考え方も確かにあり得た。」
「しかし、その段階的治療という医学的前提が崩れた今、未施術当事者を救済の対象外とすることは許容されない(合理的関連性を欠く)」
と。

加えて、当事者の方々が迫られる二者択一が苛烈であり、受忍を強制することが許容されるようなレベルのものではない、という趣旨のことも言っています。

先んじて認定した制約の態様をそのまま適合性事情で前提にして活かしているあたり、ほんと、三段階審査のお手本のような論理展開です。

 

で、違憲である、と。

 

最高裁憲法判断、もっとあやふやなロジックで煙に巻くイメージでしたけど、ここまでちゃんとロジカルに組み立てるとは。
これは、結論が違憲だからなのか、それとも事柄の性質上、特に気を遣ったのか。
あるいは両方か。

 

 


補足

「事柄の性質上、特に気を遣ったのか」、と書きました。経産省のトイレ利用の判決もそうでしたが最高裁、この種の問題には非常に気を遣っているように僕には感じられます。
で、この種の問題で近時いつも問題になる女性スペース云々のお話についてですが、上記でみたとおり、最高裁決定の『本体』部分では特に触れられていません。
それには2つ理由があって:

  • 1つには、本件で問題とされているのが"法的性別"(要は戸籍)の話であり、戸籍と公衆浴場等々は端的に無関係だからです。銭湯で戸籍を確認されたことなんかないでしょ、という話で。
  • 2つには、百歩譲って、仮にその種の問題が起こりうるとすれば、4号要件のみならず5号要件もが撤廃されてからのはずだから。女性スペース云々のご主張が問題にしているのは男性器の付いた方が女性スペースに入ってくる事態なわけですが、それはイコール、男性器除去手術を受けていない(5号要件を満たしていない)、ということなわけなので。

つまりは、二重の意味で無関係。

 

なので、決定本体は、このことに無駄に触れるようなことはしていません。
しかし他方、5号要件も違憲とすべきと主張する反対意見においては、3つのうち2つで、その問題について丁寧に論じられています。

 

三浦守裁判官の反対意見は、判決文10ページ~25ページにあります。とてもロジカル・緻密で、法律家的には非常に読みやすい文章です。
戸籍と公衆浴場は関係ないですよ、ということを丁寧に述べられてます(ちなみに、トイレはもっと関係ないですよ、ということも述べられています。)。
公衆浴場の方のオペレーションの背後にある法令関係は、今回初めて知りました。勉強になります。



もう一人、草野耕一裁判官の反対意見は、判決文25ページ~31ページにあります。
ここでも、厚労省の技術的助言等について言及の上、丁寧な論理が展開されています。

相当性の検討において「5号規定が合憲とされる社会」と「5号規定が違憲とされる社会」を比較対照している点が独特です。

 

 


…両反対意見とも、丁寧に論じてはいらっしゃいますが、身も蓋もなく要約してしまうと、

「5号規定の違憲性の検討においては(4号規定と比べて)論じるべき話が増えるように思えるものの、実際はそうでもない(さして関係ない)」

という趣旨を述べているように思えるし、僕個人としてもそう思います(だって繰り返しますが、戸籍の取扱いの話ですから。)。
実際、宇賀克也裁判官の反対意見(判決文31ページ~)では、公衆浴場の話には触れられてすらいません。*13

 

 


それなのに、最高裁が敢えて差戻しした意図は何なんだろう、というのは少し気になるところではあります。

 

 

 

 

 

 

 

*1:いやまあ、それはもちろん、通常の最高裁判例だろうと同じですけどね。あと法改正も。

*2:慣用的表現であり、決定も含む。上記表題及び以下同じ。

*3:時期もバラツキがありますね。平成の初めなんか全然出てない。

*4:親へのリスペクト自体を否定しているわけではないですので念のため。それと、判決原文を読んでみると、最高裁の方から大上段の修飾語を持ち出したというよりは、上告理由の方が思想色強めで、それを排斥するのにちょっと力んでしまった、という感じではあります。ただ、自分個人としては、親殺しは死刑か無期懲役だ、と条文で宣言されている社会よりかは、「毒親」「家族という病」なんていう言葉の概念も包含してる社会の方が好きですけど。

*5:本日のブログタイトルはこのマンガの話です。

*6:2014年度センス・オブ・ジェンダー賞大賞受賞作品。今ウィキペディア見て初めて知ったけど、約束のネバーランドも受賞してるじゃん。

*7:正確には、「該当しないものと認定されている」。

*8:もっとも、後述の違憲審査の段階では、この段階的治療云々の話はどちらかというと(立法の必要性事情というより)許容性に関わる事情として位置付けられています(「段階的治療という考え方を前提とすれば、最終段階たる性別適合手術を受けたか否かで差を設ける取扱いも『許容』される(された)よね」、という話。)。ですので、必要性事情の指摘を抜きにして段階的治療の考え方のみから「(未手術者は)特例法の保護範囲外だ」という結論が導けるわけではなく、その点で、自分の上記要約はロジックが少し乱暴です。

*9:我々は、「違憲審査をする場合、①まず、当該権利が憲法上保障されているか否かを論じ、②それが当該事案においてどういうふうに制約されているかを認定した上で、③どのようにして合憲性を判定するか基準を定立する、という流れで行う」ものと習います(三段階審査)。本文で着目したのは、このうち②の部分です。なお、画像は、この①②③に区別して色分けしています。

*10:もちろん、制約の箇所での議論が権利保障性の箇所に移るだけではある。けど、「二者択一を迫られる点で、その選択肢の一方が制約されている」、という理屈は、何かこう、ストンと落ちないというかスッキリしない。いやもちろん頭では分かるんだけど。

*11:なお、宇賀反対意見は、「身体への侵襲を受けない自由のみならず、本件のように、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、幸福追求にとって不可欠であり、憲法13条で保障される基本的人権といえると思われる。」と述べています。これが権利設定の仕方に対する異論の趣旨を含むのかはよく分かりません。「問題の設定の仕方が狭すぎない?」、と仰っているようにも読めるが、どうだろう。

*12:逆に、「こんだけ重要な法的利益だ云々言っておいてそれかい」、という感じでもある。

*13:厳密に言うと、一文だけ、「5号規定を廃止した場合に生じ得る問題は、もとより慎重に考慮すべきであるが、三浦裁判官、草野裁判官の各反対意見に示されているとおり、上記のような過酷な選択を正当化するほどとまではいえないように思われる。」と書かれています(判決文36ページ)。