【ニュース】2022年を振り返ってー阿武町事件①
(約5400字)
…年末ですね…。
今年から普通郵便の配達が遅れまくりになりましたが、出した年賀状は松の内に届くだろうか。
まぁ、気にするなら余裕をもって出せ、という話です。
我ら業界はアナクロのため普通郵便の遅延もその一部なのですが、今年も法律・法曹界隈ニュース、諸々ありました。
どこまで含めて法律・法曹界隈と言うかも問題になり得ますが、弁護士の活躍一般まで含めていいなら、統一教会問題での紀藤先生のご活躍は特筆に値すると思います。
個別の裁判案件もいろいろですが*1、国側指定代理人の弁論準備手続の"盗聴"問題は我々にとって衝撃で、相当な怒りを覚えました。
改正法施行もたくさん。民法の成人年齢引き下げの施行も4月1日から、それに伴う少年法改正も同日からでした。僕が所属する委員会が扱う法律である公益通報者保護法の改正法施行は6月から。
個人的には、発信者情報開示請求の制度変更は興味深く見てました。もちろん実務へのインパクトは大きいです。
判例だと…音楽教室の著作権使用料に関する最高裁判例が出たのは、「長年の問題に決着がついたな…」という感慨が大きかった。
そうそう。小室さん、改めて、本当におめでとうございます。
マスコミに騒がれながら多年度受験で初志貫徹するって凄いことですよ。いやほんとに。自分は到底真似できません。
我ら業界、多年度受験して臥薪嘗胆した人間も多いし、身近にそんな人がいるかどうかで言ったら「全員いる」と言っていいわけですよ。
ならば、こんな時くらい、妙にシニカルぶった辛口コメントして目立とうとしないで皆で祝えばいいのにさ…なんてことを思った報道コメントもあったなぁ。
*
そんな中でも、衝撃度と内容の奥深さの双方で個人的ナンバーワンなのは:
阿武町事件。4630万円事件。
そう、これ、衝撃的なだけじゃなくて、「奥深い」んですよ。
弁護士として身につまされる話や興味深い論点等が、複数あるんです。
当時から「どっかで備忘がてら、まとめておきたいなぁ」とは思ってたのですが日々の雑事に流されてしまっていました。
これが最後の機会のような気もするので、ある程度のことを書き残しておきたいと思います。
まず簡単に事案の概要を。
以下、特に断りがない限り、年は2022年。
また、誤振込を受けた方のことはAさんと呼びます。*2
4/6 町職員が誤った振込依頼書を金融機関に提出。*3
4/8 誤送金が実行され、Aさんの口座に4630万円が振り込まれた。金融機関からの指摘で町がミスを認知してAさんの自宅を訪問し、組戻しの了承を得たが、Aさんは、銀行まで同行したところで、「やはり今日は手続しない、後日公文書を郵送してほしい」旨申し述べた。
【紆余曲折あるも…*4】
4/21 町職員がAさんの自宅を訪問したところ、Aさんは、「金は既に動かした、もう戻せない、犯罪になることはわかっている」旨申し述べた。
5/9 町が、民事訴訟を行う方針を決定した。
5/12 町が、Aさんに対して全額の返還を求める民事訴訟を、山口地裁萩支部に提起した。また、それとともにAさんの実名・住所を公表した。
5/18 山口県警が、Aさんを、電子計算機使用詐欺の被疑事実で逮捕した。
5/20 決済代行業者のうち1社から、町の口座に、約3500万円が振り込まれた。
【以後、事件は収束に向かった。】
4/8より後・4/21より前のとこ、ゴチャッとしてるので「紆余曲折」で丸めましたが、詳しく見ると、次の事実経過があった模様。
4/9 町がAさんと連絡をとろうとしたが、とれなかった。
4/10 Aさんが町に、「知人の弁護士と相談する」旨電話で連絡した。
4/11 町からAさんに連絡とれず。
4/12 町からAさんに連絡とれず。
4/13 町がAさんの母親にAさんの説得を依頼した。
4/14 町(副町長+職員)が、Aさんの母親を同行させつつAさんの職場を訪問したが、Aさんは「弁護士と話す」旨繰り返した。
4/15 Aさんの代理人弁護士から町の顧問弁護士に対し、「近日中に母親立合いの下、組戻しの手続を行うので、日時が決まったら連絡する」旨連絡があった。
で、何が問題なのかというと、大きく3つ、だと思う。*5
- その1:「なんで仮差ししてないの?」
- その2:「これ、電子計算機使用詐欺罪なの?」
- その3:「えっ、決済代行業者から回収?…何が起こったの???」
順番に、解説というか、備忘がてら問題の素描メモを残す感じで書いておきたいと思います。
*
その1:「なんで仮差ししてないの?」
より広く捉えれば、危機対応全般における依頼者と弁護士の微妙な関係、みたいな感じ。
これ、一法曹としては、一言で言うなら『身につまされる話』、です。世知辛いというか何というか。
その辺の感覚をお伝えできればな、と。
そのためには、まずは仮差しについてざっくりご説明しないとですね。
仮差し=仮差押え。
「仮」差押えについて説明するには、普通の差押えについてもご説明する必要があるわけですが、雑駁に・サクッと行きます。
1.「差押え」とは
皆さん(非法曹、一般の方)が弁護士に依頼するなり本人訴訟するなりして、原告として、誰かを被告として、「金払え!」という訴訟を提起したとします。
金払えの理由は、貸した金返せでも代金払えでもなんでもいいです。で、めでたく勝訴したとします。主文「被告は、原告に対し、〇〇××を支払え。」、という判決をもらえたと。
…さて、どうなるでしょう?
…
A:どうにもなりません。そのままでは。
判決が出て向こうが折れて、仕方ないから払います、と任意に払えば、めでたしめでたしで終わりです。
じゃあ、拒否したらどうなるか、というと、どうにもなりません。裁判所が勝手に取り立ててくれるわけではないです。
自分で、取り立てるのです。
そのために、裁判所に、もう一度、申立てをするのです。
私は勝訴の確定判決をもらいました。
なのに被告は金を払いません。
ついては、被告は、△△銀行▽▽支店に◇◇口座(口座番号×××××××)に口座を持っていますから、そのお金を押さえたいです。
なので、そういう命令をください。
と。
この命令、つまり、上記申立てが認められた場合に出されるのが、差押命令です。
以上が、いわゆる「差押え」ですね。
なお、こういう、判決の内容を実現するための手続のことを、執行手続、と呼びます。
2.「仮差押え」とは
ここで第2問。
じゃあ、上記差押手続の結果、△△銀行▽▽支店に◇◇口座(口座番号×××××××)に残高がないことが判明した場合、どうなるでしょう?
…
A:どうにもなりません。
だって、差押えようにもお金がないんだもの。どうしようもないです。手続は空振りで以上終了、とならざるを得ません。
つまり、「金払え!」という訴訟を提起する場合、まずもって、相手に財産がないことにはどうしようもないわけですね。
それに加え、相手が、敗訴しても潔く任意に金を支払いそうにないな…という場合、相手の財産のありか(上記で言えば預金口座情報)も(ある程度)分かっておく必要があります。
ただし。
訴訟提起の際、正確には訴訟提起を決意した時点で、ということになりますが、相手に財産があって、それのありかが判明していたとしても、それが訴訟が終わるまでそのままだ、という保証はないわけです。
例えば、訴訟の帰趨を見て、「あ、これ負けそうだわ、やばいな」と相手方が判断した場合、将来の差押えに備え、知られている口座から金を引き上げてしまうことなどは十分考えられますね。
なので、そういうリスクもあり得る、と判断した場合、訴訟を提起するよりもさらに前に、予め、予防策を打っておく必要があるわけです。
それが「仮差押え」であり、裁判所に対して、
こういう訴訟を提起するつもりであり、勝訴の見込みもあるわけだが、相手が財産を動かすリスクがある。
ついては、財産を仮に押さえたい。
なので、そういう命令をください。
と申立てをします。
なお、こういう、判決まで相手方の財産状態を固定するために訴訟提起前に行う手続のことを、保全手続、と呼びます。
…ふう。以上、仮差しのご説明でした。
話を戻します。
阿武町の事案です。
上で事実経過をざっくりまとめましたがそこにあるとおり、4/8の時点で、Aさんの行動は既に「ん?」、という感じになっていて、4/10の時点では早くも弁護士云々の話にまで至っているわけです。
それに対し、誤振込しちゃったお金は4630万円です。自治体規模に比して巨額であることは論を俟たない。
これを放っておくのは危険すぎます。明らかな誤振込であるにもかかわらず返還を渋ってるわけですから、使われるなり隠されるなりするリスクは明らかであり、同リスクが顕在化した場合の町へのダメージは巨大です。
プレスリリースは4/15だったわけですが、本来、その時点では仮差押えの申立てを終えていなければいけなかったはずです。
…ただね、と、ここで話は反転するのですけれども。
今回の依頼者は町です。地方の自治体です。是非はとりあえず措いておくとして、一般論で言えば、日本の地方では何事も穏便に、が基本です。
町として、問題発覚から数日(4/10時点で弁護士に仮差押えを依頼すべきだったと考えるならば、わずか2日)で、スピーディに、
「町民に対して町として訴訟を起こす。かつ、リスクヘッジとして仮差押えもやる。」
という意思決定が、果たしてできるのか。
いや、地方地方と言っちゃあいるが、都市だろうが事なかれ主義は同じではないのか。
そういうことができる自治体が、今の日本に、果たしてどれだけあるのか。
弁護士側の問題もあります。
我々弁護士は、慈善事業として法律を扱っているわけではないです。それで生き延びています。ご飯を食べています。家賃を払っています。事務局にお給料を支払っています。弁護士会に会費を払い、そのお金で会が、経済的にペイしない事件類型における被害者救済の事業なんかをやっています。
訴訟だけではなく仮差押えもやるとなれば、別に料金(報酬)をいただきます。そして報酬額は、成功した場合に依頼者が得るであろう利益(経済的利益)と相関するのであり、今回の経済的利益は、4630万円です。
これを、多くの法律事務所が準拠している旧(日弁連)基準と言われるものに則って計算すると、
着手金:(本訴の2分の1とすると、)(4630万円×3%+69万円)÷2=103万9500円
報酬金:(重大事件として本訴の4分の1とすると、)(4630万円×6%+138万円)÷4=103万9500円
となり、合わせて200万円超。
繰り返しますが、これは、訴訟(本訴)とは別にいただく料金です。
また、これは当たり前ですが、料金は、ご依頼をお受けする前に説明し、提示します。
かつ、仮差押えの要否の判断=リスク判断は、性質上、不確定性が伴います。
堂々と言うべきであることとはいえ、先行き不透明な段階で、この額を、訴訟と別料金として呈示しつつ「それでもやった方が良い」と言い切るには、一定の胆力は必要です。
ただまぁ、それは弁護士側、こっち側の話ですからいいんですけども*6、問題は、ボールを投げられた町側がどう反応するかなわけで。
それなりの確率で、消極派が勢いを増す結果にしかならないんだろうなぁ…、と思ってしまうわけです。
「ほら、弁護士費用もアレなことですし、元は血税、ウチも懐は厳しんですから、ここはひとつ、穏便に事を運ぶということでいいんじゃないですかね」
と。
このへん、具体的に想像すると、何とも言えない気分にならざるを得ない。*7
つまり、この阿武町の事案からは、いざ法的にこれはマズイ!早々に手を打たなければ、っていうデカい問題が緊急に発生した際の意思決定過程の問題みたいなのが垣間見える、気がする。上で危機対応全般の話と書いたのは、そういうことです。
また、仮に仮差しを控えたのが町の意識的判断の結果だったとした場合、それでいて一方で母親巻き込んで、しかも職場に押し掛けるってのも多少モヤッとします。そこまで緊急性高いと判断してるなら正面から仮差しを打ちなよ、と。*8
加えて、少し話は飛びますが、いざ訴訟!となった際、町はAさんの実名と住所を公開しましたが、それもまたどうなの?と思います。そもそもそれを公開したところで訴訟が有利に進められるわけでもないですから、ただの無意味な場外乱闘です。
本件は最終的な結果として中山先生のウルトラCで逆転できましたが、町側の対応、正直、それ以外いいとこ一つもないですよ、というのが私の率直な感想です。
まぁあんまりネガティブなことを言っても始まりませんし、弁護士としては、本件を通じて、リスク判断の重要性や、危機管理的場面における顧問先等とのコミュニケーションのとり方に思いを致すべきなのだろうと思います。
以上、一つ目のお話でした。
…長くなりました。続きはまた今度にします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
*1:海外だと、ジョニー・デップさんの裁判とかもありましたねぇ。
*2:まぁ、全国的かつ大々的に報道されましたが、ポリシーとして。
*3:そういえば、そもそもの発端というか背景は、臨時特別給付金でしたね。住民税非課税世帯等に、コロナ対策として各10万円を支給する、というやつ。令和3年11月19日閣議決定(された「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」の中に含まれていた政策)。
*4:なお、この間の4/15に、町は、誤振込に関する記者会見を行った。
*5:SNSだと、その他、誤振込と破産財団なんかも話題になりましたねそういえば。あと何かあったっけかな…。
*6:繰り返しますが、堂々と言うべき・言わなければならない話ですからね。
*7:いろんな相談者・依頼者の方々を見ている我々弁護士としてはね…。
*8:まぁ、弁護士費用を払うにも税金が元なわけですから、それを節約しつつできる範囲ギリギリのことをやったのだ、という話にはなるんでしょうけどね。